2013年10月28日

白鳥の湖

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家内が 亡くなって、7年半。
家内とは、年末は、白鳥の湖 か、くるみ割り人形 のバレーを観に行くのが楽しみでした。
ロンドンに、行ったときに 地元のバレーを 観ただけで、永らく、白鳥の湖 は観て無かったもので・・・

昔は、大阪でも、バレーの公演があったものですが、いつのころからか、数少なくなってしまいました。
めずらしく、ニューヨーク・シテイ・バレエ が、白鳥の湖 を公演していたので、出かけてきました。

ジョージ・バラシン の振り付けですが・・・
このバレエ、ちょっと、僕のイメージするバレエとは違っていました。

バレエ といえば、物語のすじがあって、華やかな グラン・パ・ド・ドゥ の見せ場があって・・・というものと思っていたのですが。

演目のひとつ、フォー・テンパラメンツ では、途中で帰ろうかなとも思いました。
バレリーナ の 憂鬱、快活、無気力、いらだち を四つのテーマとしているそうで、理解不能でした。
音楽でも聞いていようと、思いとどまりました。
演奏がメインで、バレエは、環境映像 という気がしました。
バレエの玄人向きの 感じです。

一人で行きましたが、一人でよかった。
なにか、予感があって、どなたかをお誘いするのを控えて、正解でした。

ボックス席が、2,3空いてましたし、僕の座った席の列は、横になって寝れるほどに空いていました。
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2013年05月19日

バラの季節

バラの季節に、家内は、亡くなりました。 満7年になりました。

お供えは、赤いバラの花

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公園の散歩も、2時間すると疲れるようになりました。

立ち止まって、見つめた 路傍の花々

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訳の分からないものもありました。
一応、美術展示のようです。
ばかばかしくって、笑えました。

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判りますか? 箱の中には、親猫と子猫の模造品(美術品)が・・・・
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2013年01月24日

終末期の介護


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家内が癌死したことについては、死後のことについては、それなりに、記してきたかと思うのです。

しかし、終末期の状況については、封印してきました。
それは、人様に述べることではなく、秘めておくことかもしれません。

亡くなる二週間前までは、自宅で、医療と介護を、僕が独力で行っていました。
猫の頭ぐらいの腫瘍が、すぐに、小児頭大になり、瓦解してきていましたので、朝夕の止血と清浄処理を行っていました。
人様に見せるわけにはいかないという感じで、他人に処置させれない、処置できないものと考えていたのでしょう。

家内が寝てから、独酌し、向精神薬をのむという状況が続いていました。
夜中は、家内が息をしているかどうか、気になって、確認していました。
痛みのために、レスキュー薬を、知り合いの薬局に持ってきてもらったりと、さすがに、見かねたのでしょうか、訪問看護を受けるといいだしました。

最後の、1ヶ月は、心身 ばかりか、魂が 尽きる感じでした。

いまから思えば、介護保険での支援など、受ければよかったのかもしれません。
当事者としては、社会的資源に頼ることに対する 抵抗感 のようなものがあります。


社会的な援助を受けるのは 弱者 という感覚が、どこかにあるようです。

一方で、死にゆく人を 心穏やかに満足させて 看送れたという 達成感のようなものもあります。
一人の人を、医療と介護を果たして、看送ることができた事だけで、人として生まれた天命を果たせたと思ったものです。

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それでは、僕自身の終末期はどうするか考えると、やはり、終末期としての援助は受けないだろうと思えます。
所詮、人は 一人で生まれて、一人で死んでいく ものと決まっています。
親しいものに囲まれて、感謝しながら、感謝されながら 死んでいく という、現代のお伽話 は、僕には必要ありません。
それでは、イカンのでしょうね。
僕のように難しいと、援助してくれる人もいないと思えますが。

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家内は、自分がまもなく死ぬとわかったのでしょう。
仕事中の僕を呼び出しました。 彼女の前に行くと、体を起こして話す、というので、抱き起こした途端に意識を無くして、その後24時間して、目の前で、自分の意思であるかのように、呼吸するのを止めて、心臓の拍動を停止させました。 
これで、確信しました。人は、自分で死ぬ時期を、誰に看取られるかを、決められるんだ、という事を。


寒椿、僕には、山茶花との区別が分かりませんが。

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2012年12月26日

執着を断つ

昨日の続きになります。

家内は 初婚でしたが、僕は再婚でした。 といっても、夫婦別姓をとおしましたので、事実婚状態で済ましていました。
籍を入れたのは、相続の発生も考えて、亡くなる直前でした。
遺言状は用意してましたので、相続はスムーズでした。
夫婦二人の生活だと、遺言状は、相手のために必須ですね。

家内は、生き急いでいたのでしょうか、一緒に暮らした16年間で、記憶も定かでないのですが、引っ越しを5回はしました。
その間に、家内は、自分の家を売却しましたし、僕も、自宅の購入売却、さらに購入と、不動産屋さんかと思えるほどでした。

いつもお願いしていた内装屋さんからは、「引っ越しが、ご趣味ですか?」 と聞かれたりしました。
そのエネルギーは、もう無いですね。

とか言いながら、先日、マンションの間取りと内装の変更を、業者の方に相談しました。

改修することで、ようやく、家内への執着を断てるようにも思えます。

一般的には、連れ合いと別れて、再起するのに、数年はかかるのでしょうね。


ツワブキ
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バラ

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2012年05月31日

本願寺で、七回忌

本願寺で、家内の七回忌法要 を行ってきました。

結界の中で、写真を撮っておきました。
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去年は、この日に、ボルネオ のコタキナバル に向けて出発してました。
なかなか良かったので、今年も、職員旅行は、ボルネオ にしようと考えてました。
しかし、今年は、海外旅行は、どこも昨年と比べて、割高、長期、デラックス化 してます。

ボルネオのコタキナバル への旅行代金は、昨年と比べて、二倍近くなっていますし、直行便が無くなっていました。
直行便だと、6時間弱ですが、乗り継ぎで行くとなると、12時間ほどかかります。今年は、ボルネオは諦めでしょうか。

昨年の、コタキナバル での キャノピーウオーク。
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2012年05月27日

お寺での七回忌法要

まずは、ひとまず、家内の七回忌法要の一弾が、昨日済みました。

法要後、イタメシ を摂る ご友人方。
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四苦八苦からは、解き放たれたというわけではありませんが、関知せずに生きれるようにはなってきたのかなア、といレベルでしょうか。

菩薩というのは、生きていても、死んでいても、その位には、大同小異だと思っております。

ここにも、四苦八苦から解放された猫たちがいます。

グリ
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ハロン
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やまと
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2012年05月26日

家内の七回忌に思う

チベット旅行記も、そろそろ、終わり。

体調は、今頃になって、不調です。
何時間寝ても、寝不足状態。
下痢も多くなりました。

旅行とは、無関係かもしれません。
やまと が、箪笥の上から、寝ている僕の上に飛び降りるのが楽しいらしく、夜中にドスンと起こされます。
最近、広東料理の勉強を始めたので、油とおし や 炒め料理がほとんどになっていたりします。

家内の七周忌法要 がまじかですが、これが、墓のあるお寺、自宅、本願寺 と、3回する予定です。

こうした法要は、無意味だと見做す 社会的な風潮がありますが、僕は、こうした法要は、ド派手に盛大に行うべきと思っています。

以前に、ブログに書いた内容ですが、

その要旨は、
どの時代の、社会システムの中にも、家族を亡くしたものの悲嘆を、社会的に哀悼するという制度が存在し、遺族も社会もこうした伝統的習慣にしたがって生きてきました。

日本にも伝統的に認められてきた、喪の習慣が、かっては存在しました。
49日の喪、その間、一週間ごとに執り行われる、近親者や知人が集まっての周忌法要。また、100ヶ日法要が行われるまで、遺族は、地域からも社会からも、特別に丁重な扱いを受けたものです。

こうした、行事は、死者のためというより、遺された遺族の 悲嘆を癒すためでもあったわけです。
現代日本では、葬儀の後は、遺族といえども、直ちに、社会活動を以前と同じように再開することが強制されています。遺族が、どれほどの精神的かつ身体的な重圧のなかで、社会的に公認さない悲嘆を、個人的にた解決していることか。
社会システムの中で、悲嘆に対処することができず、個人で、悲嘆に対処しなければならなくなった結果、悲嘆を癒すための、個人的な仕方が生まれてきています。
なかには、悲嘆が解決されずに、無期限に悲嘆を抱え込む人々が、でてくる。
この無期限の悲嘆 は、絶望という形をとり、喪を認めない社会に、復帰することを拒否するのです。

そんな時代にあって、最近、気になる報道がありました。
某有名キャストの妻が亡くなった時の、当人の言、
「不幸を乗り越えて番組出演を続けているのは、生放送ですから当たり前のこと」。
そうですかネ。番組を休むほうが、「生番組ですから当たり前のこと」、と思いますが・・・・
トラウマを生むことなく、喪を全うされる事を祈ります。

ラサ では咲いていた アジサイ、日本ではまだまだです。
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バラの花は、今が盛りです
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2012年05月21日

まもなく7回忌

今日の朝は、急に薄暗くなって、金環日食
ばたばたと、三脚やらと準備しておりましたら、遅れました。

しかし、雲を透して、日食は観れました。
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金環が、猫の顔に見えるのですが・・・・

その猫たちは
「何事ドスカ?」 という表情でした。

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コンピューター の上に、飾り物が増えました。
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 チベット土産の 曼荼羅のタンカ
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アミターバ (無量光仏) の 曼荼羅です。チベット仏教では、この 活仏が パンチェン・ラマ で、ダライラマの転生者を指名できるそうです。
掌中に蓮の花をもった、身体を紅色で描かれ、周囲は、文様のみで、他の 如来、菩薩や神々は描かれていません。 確か、妃もいたはずですが、これも、描かれていません。
曼荼羅は、正覚や解脱の象徴かと思っているのですが、さしづめ、念仏三昧の境地かなと・・

中国や日本では、アミターバ は、侭十方無碍光如来 とか、不可思議光仏 とか称され、空間や次元を超越した慈悲の顕現ですが、同じ大乗経典を称えながら、理解が異なります。

この時期は、バラの花で、仏前を荘厳しております。
家内の七回忌が近いもので・・・
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2012年03月16日

いのちの繋がり

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家内が亡くなってもうじき、6年経ちます。
死ぬ6か月前になって、二人でしていた仕事の整理を完了しました。
彼女は、大学を学士入学して、社会福祉士 の資格を取り、僕の設立したデイサービス の施設長をしてました。
施設の備品も、スタッフも、利用者も、親しくしている介護事業者に、お譲りしました。

死ぬことが分かると、あくせくするものです。もっと早く、バンザイをして、撤退したほうがよかった、と思います。
先代の猫は、猫エイズ で死にましたが、往生際はよかった。むしろ、点滴して、薬剤を投与して、延命したことを怒っているようでした。
というか、歩けなくなって、寝たっきりにもかかわらず、本当に怒ってました。

人間が、死んで帰っていく いのちのみなもと から、一番遠い存在かなと、考えてしまいます。
このいのちから、進化という名の退化によって、ますます遠ざかってしまいました。
造物主は、どこまで遠くまで離れて、いのちのみなもと に帰着できるのか 試しているのかなとも思えます。

いのちのみなもと は、真如、浄土、涅槃 とか、仏教では呼ばれています。
生きながら、いのち と一体になる境地を、正覚 とか 大悟 とか言われています。

人は、教えに従い、行を修して、達成するのですが、動物や植物は、生きながらすでに いのちと 繋がっているように思えます。
悟っていないのは、人間だけのように思うこの頃です。

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2012年02月03日

久しぶり!

一眼のデジカメを買いました。
今日の朝、ベランダからの風景。
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今日は、節分。初めて、用水の水が凍っていました。

今日は、めずらしく、夢で家内と会いました。
ベッドで寝ていて、おこされて起きると、若い姿の家内が笑顔でおりました。
来てくれたのかという思いで、ハグして、話をしていたような。

実際に起きてしまって、やまとが、傍で丸まっていました。撫でていると、ちょうど、玄関が開いて、りょう が帰ってきました。起きて行って、今日はどうだったと話しかけながら時計をみると、1時でした。

あとは、当然、また寝ましたが、夢の続きを夢見ました。
どういうのか、一夜の夢は、断続的に、寝起きしながら、一つのストリーをえがくように夢見することがよくあるのです。


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2012年01月31日

愛妻の日

今日は、愛妻の日 というんだそうな。

I アイ 31 サイ との、語呂合わせ。

今日の午後8時9分 には、愛妻の日記念倦怠感削減愛情持久力向上プログラム として 世界同時ハグ 「ハグタイム計画」 が呼びかけられています。

まあ、目くじらを立てず、ニコニコと笑って、受け流しておきましょう。
どういう人たちが、こういう発想をするのでしょうか。団塊の世代の 初老の オッサン 達かな〜

配偶者のいる人は、毎日が 愛妻の日 であってほしいものです。毎日、ハグ しなさい。

家内が亡くなって、ちょうど、5年と8か月。 今年は、7回忌・・・どうしようか、考えないと。
案としては、本願寺での法要、実家での法要、自宅で とか、いっそのこと、ラサ の ポタラ宮 でやりますか。 ポタラ宮 で散骨 も面白いかもしれない。


冬枯れの 公園

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これで、池を一周しました。

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2011年11月01日

17年前の紅葉

天龍寺の庭園
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自分で撮影した京都の紅葉、の写真を見ていたら、17年前のがありました。
青年時代(?) でしょうか。若いですね。
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これは、東福寺 での紅葉です。アナログ写真の時代でした。
先の記事、嵯峨野の紅葉 での僕自身と比べると、歳月が過ぎたのが分かります。

この写真の、男は胃癌に、女は乳癌に、なったのですね。

二人とも、もっとも代表的な癌になるとは、思いもよらなかったですね。
正確に謂うと、すでに家内は闘病でしたが・・

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2011年10月23日

中国旅行の思い出

Sotto voce のkom さん、上海に旅行されたそう。

僕も、上海には、思い出があります。

10年以上も前、上海に、トランスファー で 、空港の外に出て、ガイドが案内してくれました。
ガイドが、どこに行きたいか? と聞くので、上海動物園に行きたいと、要求したのです。
外国では、動物園に行くのが楽しみなのです。
そこより、いいところにご案内します、とか言われて、連れて行かれたのが、どこかは忘れましたが・・・
景色は、覚えています。原っぱと思われる中に、林立する高層ビル群。
新宿の西口に、高層ビルが建ちだしたころ(何十年前か!)、を思い出すような、光景でした。

まあ、その思い出は、スルーできるのです。

それよりもさらに前、北京に泊まったとき、出国時に日本の免税店で、コニャック を一本買っていました。
ホテルに着いたとたんに、飲みだしました。
朦朧とした意識の中で、家内が、「私の飲む分が無い!」と叫んでいたことは、覚えています。

夜中に、警備員が突入してきたことも覚えていました。

どうも、トイレ と、部屋の ドアを間違えて、夜中に廊下で、放★したようです。
危険物が撒かれたのではないか、犯人は、この部屋だと、突入してきたようで、部屋で寝ていましたと、家内が説明して出て行ったようです。

そのほかの、中国旅行の思い出といえば・・・

2004年夏に、杭州に旅行したときは、家内の主治医が、旅行の前に留守電をくれていましたが、検査結果だろうと、思いつつ、旅行に出かけました。

旅行中も、歩くのが・・というので、駕籠に乗っけてもらっていました。
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鍾乳洞の中まで、駕籠でしたねえ・・・
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旅行中は、家内も、風邪気味でしんどい、といいながら、帰りの空港では、横になっていました。
これが、最後の海外旅行となりました。
主治医と旅行前に連絡が取れなかって、幸いでした。分かっていれば、旅行は中止していたことでしょう。

この旅行の後に、癌性胸膜炎と判りました。転地療法のつもりで、今の自宅を購入し、身辺の整理に、と慌ただしいときを過ごしながら、2年ともちませんでした。

僕は、かなりの、よく言えば酒豪、普通に言えばアルコール依存 だったのです。
家内も、死ぬ直前まで、「自分が死んだあとに、この人は、自宅から転落してしまうけど、自殺ではなくって、酔っ払ってのうえだから、心配しないで・・」と訳のわからないことを周囲に言っておりました。

僕も、死なれた後は、毎日、新地に行って酒を飲んでれば、過ごせるだろうと思っておりました。
ところが、葬式のときから下血が始まり、入院の羽目になり、アルコールどころか、禁食になりました。

この後、アルコールを口にしたのは、百箇日も過ぎてからだと思う。
しかも、今は、胃全摘後で、酔うというまで、お酒は飲めなくなりました。
アルコール中毒になることも無くなりました。何が、幸いするやらです。
あれほどスキだった コニャック、今は、料理用で、一年に、一本しか買いません。



木々が色づきだしました

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コスモスは、今が満開

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2011年07月02日

5年目になるのか〜

さて、今日は、家内のお友達との会食。
数えると、もう、5年の歳月が経過していました。

この5年は、自分の人生でも、最も永い5年だったでしょうか。
小腸潰瘍 で、カプセル内視鏡も経験し、胃癌で、胃全摘もして、下血と吐血 で、血まみれの5年でした。

人間の五感では見えないもの、が存在するという確信を得ました。
見えないものが、見えるようになった、といえば、医学では、妄想か、幻覚の世界ですが・・・
今は、心身 および 霊性的には、人生で、最も落ち着いた状態でしょうか・・・

今日の、日本料理。久しぶりの、というか、自分のお金を使っての北新地です。
いつもは、他人の懐でかー、といわれそうですが・・・

まずは、付き出し。 季節とはいえ、蓮の葉の緑 と ほおずき の赤 がきれいです。
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カボチャのスープでした

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次は、鱧 料理でした。肝心の鱧は、竹の葉っぱで隠れていますが・・・

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さらに、お刺身
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いくつか、抜けまして、ウナギと新生姜の炊き込みご飯

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最後は、デザートです。
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今は亡き全ての衆生に、生命を育む大きないのちに、合掌 そして 礼拝 をいたします。
有り難く頂きました。御馳走さまでした。
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2010年07月12日

緩和ケア の後は?

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昨日の 緩和ケア の研修会は、主催するほうも、参加するほうも、いろいろな意見が医療界では出ています。
結局は、厚生労働省の役人が、法律に基づいて決めた、キャリキュラムで、現状には、そくしていないのではないかとか、いわれています。
しかし、研修は、受けないよりは、受けたほうが良いとは思います。僕も、結構、明日からの仕事に役に立つことも多くありました。
緩和ケア の後は、肉体的な死 が待っているわけです。
死後は、いのちのみなもとに、還っていくのだと思っています。ここで、自我に、執着せずに、手放せるかどうか、でしょうか。
一方、残されたものは、病院で死んだ場合、特に、大学病院だと、必ず、死後の解剖を求められます。
家内は、局所の痛みと、出血をコントロールする目的で、二週間の予定で入院し、退院予定の日に、予定どうりに、退院してきました。
ただし、死亡退院でしたが・・・
僕も、別室に呼ばれて、解剖の許可を求められました。
結論は、あくまでも、断固として、拒否しました。
家内を、解剖しても、医学の進歩や、医師の技量の向上に資するとは思えませんでした。
しかし、僕も、医者ですので、医者だったら、解剖するのは、当然でしょうという感じで、かなり、執拗に迫られました。
僕の、不退転の決意を理解してもらうのに、時間がかかりました。 というか、迫られっぱなしで、席を立てなかったのが実際でした。
一般の社会人だったら、大学病院の医者から、いままでの、治療に渡って、恩着せがましく言われると、しぶしぶながら、承諾してしまうものでしょうか。
大学病院というところは、一定の割合で、解剖をしないと、先進医療施設として、また、大学研修施設として、厚生労働省から認定を受けられないという縛りがあったように記憶しています。
そこで、必死で、解剖をしないといけないという、ノルマがあるわけです。これも、役人の作った基準です。
でも、好意から、解剖を納得されることを否定するものではありません。
僕は、家内のときは、拒否したというお話しでした。
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2010年05月24日

配偶者の癌死→遺言

気の早い朝顔がいました。 雀も、雨上がりで遊んでいます。
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話しが、重くなってきたついでに、亡くなった後の事について。


家内は、自筆の、リビング・ウイル とともに、遺言状を残していました。

終末期は、リビング・ウイル どうり、出血によって意識をなくした後は、輸血はしませんでした。と、記憶していますが、記憶違いがあるかもしれません。もちろんのこと、人工呼吸の装着や、心肺蘇生もせずに、そのままで、亡くなりました。


遺言状とは別に、亡くなった後の、連絡先 やら、葬式の段取り も決めておりました。まあ、特殊でしょうが、葬儀の 導師 から、式楽として雅楽の指定までしておりました。


僕は、いままでに、このときを含めて、6回の遺産相続を経験しています。
そのうち、2回は、家庭裁判所の調停、を請けました。調停は、憎悪丸出しだったりします。話し合いによる、相続も悪くは無いですが、何がしかの不満を関係者に残すようです。


家内は、これらを見ていましたから、早くから、遺言状を、どうしようかと思案しておりました。

事前に、不動産は、換金し、弁護士や税理士とも、内容について、入念な打ち合わせをしていました。
その結果、自筆遺言状 の形式にしたようです。
自筆遺言状は、家庭裁判所に持参して 検認 してもらわなくてはなりません。その手間はありますが、遺言する本人の手間は、最小のようです。遺言執行者は、僕に指定されていましたので、さくさくと 事は済みました。

やはり、遺言状 は、癌死のように死期を自覚した者が、残された者への配慮を示す、最後の機会だと思います。

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2010年05月23日

配偶者の癌死=断腸

まもなく、アジサイも咲き出します。
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家内の 命日が近くなってきました。この頃は、封印していた記憶が、よくよみがえり、感情の起伏無く思い出すことができるようになってきました。

 加賀の温泉に連れて行って、温泉に入るまもなく、現地の救急車を呼んで、ということも、無謀だったなあ と、懐かしくも、可笑しく思い出されます。

配偶者が、亡くなって、持ち直すのに、3年は必要だ、 と、経験者の何人かは、忠告してくれていたのですが、僕は、一年で回復してやると考えてました。
しかし、本当に、そのとうり、3年は必要でした。今年は、4年目になります。


病気で、死に逝く人に対するケアについては、皆が分かっているので、十分とはいえませんが、相応の配慮が行われています。
しかし、遺された者に対する、配慮は、なかなか、十分とはいえません。


いくら厳しい闘病でも、目標がある間は、それほどの苦痛ではありません。
僕にとって、最も辛かったのは、亡くなるまでの闘病期間ではなくて、亡くなった直後の数日でした。
全てが終わったような感覚、自分も、半分死んだような感覚 というのでしょうか。言葉では、表現できません。

通夜や葬儀のことは、幾分かは、まだらに、記憶から抜けているのです。
現実に、葬儀の朝には、血便がでていたのですが、ばたばたと過ごしていました。ところが、あくる日になっても、血便が止まらず、さすがに、尋常ではないことに気づきました。
さっそく、調べてもらいましたが、胃からは、出血はしておらず、大腸の一番奥では、さらに小腸からの出血が流れてきているという状態でした。結局は、小腸潰瘍だったのですが、数日間は、絶食でした。

入院してましたので、社会とは、接触せずに、平静に過ごせたのが、この間の、精神状態には、好都合だった様に思っています。


そんなで、現実に、断腸 とは、起こるもんなんだと、身をもってわかったしだいでした。

この時の思いに比べたら、今回の、自分に降りかかった 胃癌による胃全摘 は、軽いものでした。
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2010年05月22日

抗がん剤

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抗がん剤の二冊の本が手元にあります。
いずれも、標準的な抗がん剤治療について、疑問視した内容です。
ただし、両者とも、標準的な抗がん治療の限界については、的を得た指摘はしています。

そもそも、抗がん剤で、治る癌もあれば、それほど効果の無い癌もあるということは、医学的常識です。
治癒を目指さない場合には、ほとんどの抗がん剤は、3割の方に、腫瘍縮小効果が一時的にでもあれば、有効とみなされます。7割の人には、まったく効果が無いという事です。
また、胃癌で、効果ありと判定されている、抗がん剤では、5年生存率を1割上昇させるというものです。

これらの数値は、医学的常識では、明らかに有効とみなします。しかし、一般の方の常識では、どうなんでしょうか。
先にあげた、二冊の著者の考え方でもわかるように、抗がん剤の効果を、有効とみなす尺度は、個人の価値観がかかわってきます。


家内は、乳癌で、発見されてから、15年後に亡くなりました。現代医学の恩恵を十分に受けたからこそ、15年間、生きられたと思っています。
しかし、抗がん剤で、延命できたのは、数ヶ月間だと、感覚的に思えます。一般的な抗がん剤の効果であったわけです。


その代わり、厳しい副作用に苦しみ抜きました。抗がん剤を使わずに、短くはなっても、健やかに生きる選択もあったでしょう。
しかし、現実に、家内の末期の乳癌をまえにして、何もしないという選択はできませんでした。
もちろん、本人は、何度も、抗がん剤を止めたいとは、言い続けておりました。そのつど、自宅で、点滴やら、副作用を和らげるように努力はしておりました。


自分に降りかかってきた場合は、抗がん剤治療の選択は、どうするでしょうか。厳しい副作用を覚悟して、延命を選ぶでしょうか、それとも、抗がん剤治療は、選ばずに、そのまま生きるほうを選ぶでしょうか。周囲は、必ず、抗がん剤を服用するように言うでしょう。飲んでいる振りをして、排水溝に流すかもしれません。

その選択は、その必要が起こったときに、とっておきます。

ただ、抗がん剤が無力というわけではありません。僕が医者になった頃には、子供の白血病は、致命的な病気と一般に考えられておりました。
しかし、今では、抗がん剤治療で、治る病気の代表とみなされています。何時の日にか、胃癌や乳癌も、抗がん剤で治る時代も来るかもしれません。
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2010年02月20日

梅の花

~m.jpg 

梅の花が咲き出しました・・・・


写真は、家内が、乳がんによる癌性胸膜炎で化学療法を行っているときに、梅の花をバックに、5年前に撮ったものです。

梅の花が咲き出すころには、この姿を思い出します。

ちょうど、自宅の前に、梅の植え込みがあり、窓から、咲いていくのが眺められます。


まだ、元気に闘病していたころです。


フィジカルな肉体は亡くなりましたが、彼女の癌を克服している姿が、今も、僕の励ましとなっています。


彼女の、励ましがあるからこそ、僕は、楽しく、暮らしていけると確信しています。

posted by syouryu at 21:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 家内のこと
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